領域代表より

大阪大学産業科学研究所

永井健治

シンギュラリティ生物学という領域名を目にし、「なんやこの“ジンクピリチオン効果注1”丸出しのネーミングは?」と思ってもらえたらまずは我々の思惑通りである。そもそも多くの方が、“シンギュラリティ”ってなんやねん?と思われるであろうが、既にその語句を知っている方でもシンギュラリティときいて思い浮かべるのは、人工知能がヒトの知能を凌駕する技術的特異点に違いない。しかし、これは本来の意味からの転用に他ならない。学術的(数学的)な意味でのシンギュラリティとは、ビッグバンのようにそれ以前の時間や空間など状態を定義できない特異点を指すものである。我々が扱う生命現象の例としては、生物リズムが生みだされる瞬間に見出される時間位相を定義できない時間位相特異点や、生物のパターン形成でみられる螺旋信号波の中心のように信号状態を定義できない空間位相特異点があげられよう。これら特異点の出現過程はまさに無から有の創出であり、その前後ではシステム状態は劇的に変化する。

本新学術領域では、個体や臓器などの多細胞システムのうち、その形態・動態が劇的に変化する生物学的現象をシンギュラリティ現象ととらえ、その駆動力となる稀な細胞や、爆発的な生命システムの変化が生じる原理を理解することを目指す。対象とする多細胞システムについては、少数個の細胞が反応核となることが強く示唆され、集団の形態・動態が爆発的な変化を遂げるものであれば生物種は問わない。現象についても、個体発生時のパターン形成から神経変性や免疫など基礎から医学的な現象まで幅広くカバーするが、既存の顕微鏡を用いる場合のように部分を拡大して一部を観察するだけで事足りる現象は範疇としない。あくまでも「いつ」「どこで」「どのように」“稀な細胞”が反応核となるのかを見出すために、極めて大規模な計測を必要とする生命現象が対象である。つまり、例えば100万個に1個の割合でしか存在しない細胞を解析するのに部分を拡大して100個の細胞を観察して解析しようとするような研究では我々の問いにアプローチできないのである。逆に、個体内の全ての細胞を解析するという研究は、確実に目的の細胞を余すことなく観察することができるので、我々の問いに迫ることができるであろう。しかしこれはあくまでも理想であると同時に、労力の無駄を生む。解析する対象に応じた適切なミニマムスケールを設定し、そのスケールの範囲でミクロからマクロに至るまで大規模に観察し、“稀な細胞”が引き起こす爆発的現象との相関関係、ひいては因果関係を突き詰めるような研究スタイルが望ましい。

当然のこととして、このような“稀な細胞”が引き起こす現象を見出すには、既存概念を打ち破る超広視野かつ高精細でのイメージングが必要となる。得られるビッグデータから因果律を抽出する情報科学的アプローチも必要である。さらに、抽出された因果律を実際の生物モデルで検証することが重要となり、ここでもまた大規模イメージングが活躍することになる。つまり、これらのサイクルを何周も循環させることこそシンギュラリティ現象を理解するカギと言えよう。密な連携を通じ、上記の研究サイクルを加速させるにこの上ない貢献を果たしてくれる解析技術や理論、生命現象を有する方に、公募研究/技術開発支援班/班友として参画してもらうことを期待したい。もちろんボランティア参加も大歓迎である。

さて、ここまでの説明で「ジンクピリチオン感」先行のイメージは払拭できたと思う。本領域アドバイザーの先生から頂いた、「シンギュラリティ現象とは溶液系における結晶核の出現と成長のようなもの」とはまさに的を射た表現であろう。或いは、デレク・シヴァーズ氏のTEDトーク「社会運動はどうやって起こすか」注2に出てくる裸踊りをする若者はまさにシンギュラリティをひき起こす結晶核と言っても過言ではない。野外コンサートらしきものをくつろいで観ていた聴衆が、最初のアホ(トークでは「Nut(頭のおかしな奴)と表現されている」な数名が踊りだしたのを見てそのうち全員踊りだすというものである。トークの趣旨は、人間の社会行動に劇的な変化をひき起こすには、馬鹿にされるのも顧みず最初に踊りだす人に加えて、次に続くフォロワーの役割が大事であるということである。少数の変な個性がきっかけとなってシステムの性質を劇的に変えるという意味で、まさにシンギュラリティ現象である。このように我々の身近に相似する現象がみられるということは、もしかしたら「少数が引き金を引いて全体を変革する」という現象は分子のような極微のレベルから宇宙のような広大なレベルまで同じ原理で生じていて、大統一理論で説明できるかもしれない。こんなアホな発想・妄想に共感できる方、一緒に踊ろうではないか?踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損々!

注1) http://www.fbs.osaka-u.ac.jp/labs/skondo/saibokogaku/categories/funny%20columns/zincpyrithion%20effect.htm

注2) https://www.ted.com/talks/derek_sivers_how_to_start_a_movement?language=ja